エピタフ:愛されぬ花の祝福を
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彼にとっての遠い未来、この世界にとっての少し昔の話。
コロンバインと呼ばれる魔法使いがまだ生きていた時。

コロンバインが誰も居ない部屋で独りぼっちで佇んでいると、背後に気配を感じた。
振り返ることもせずに、「きみはどっちだろう」と問い掛ける。
その問いかけに彼はただ笑い声を漏らし、「さてな」と返すだけ。
しかしそれで十分答えになっていた。
「死んだんじゃなかったのか」
「死のうとしたさ。でも、直前に気付いちまったんだ。お前を救えるのは俺だけだ」
「それもそうだね」
相変わらず、背中を向けたままに会話を続ける。
「本当は、久しぶりのきみの顔を良く見せてもらいたいけれど、そのためには私もきみに顔を見せなければいけないからね」
「そりゃ、お互い遠慮願いたいもんだ。今の俺の表情(カオ)は酷いもんだからな」

コロンバインが終にクルリと振り向くと、その顔は仮面に覆われていた。
反対に、彼もフードを深く被り、口元しか伺えない。
お互いに顔を見ることは叶わないけれど、こうして対面出来たことが懐かしくて、素直に喜ばしい。
「俺ってよ、すげえ性格悪い奴なんだよ」
「今更過ぎるね。それで、どうしてそう思ったの?」
「お前が俺に縋ってきたら、お前の一番大切な奴を消してやろうと思ってたのさ」
口の端を釣り上げて、楽しそうに、けれど悲しみの色を含んだ声色。
コロンバインがそれを見逃すはずも無く、困ったように茶化した。
「可笑しなことを言うなあ。それじゃあまるで、きみは私の事が好きみたいだ」
「馬鹿げたことを言うなよ。気持ち悪い。ただの嫌がらせに決まってんだろ」
「うん。そうだね」
仮面のせいで顔色を伺うことは出来ない。
その分、わざわざ声に感情を乗せてくれている。

「こんなこと言うのは酷いかもしれないし、きみを苛つかせてしまうかもしれないけど、敢て言わせてもらいたい」
「なんだよ」
「もしも私が彼と出会っていなければ、私はきみを愛していただろうね」
「・・・・・・・・・本当、お前は狡い奴だ」
「私ときみの性格の悪さはどっこいどっこいだよ」
「ははっ、ちげえねえ」

「でもよ、俺も少しは申し訳ないと思ってるんだぜ? お前をこれ以上ないくらい不幸にして、アイツ以外愛せない運命を背負わせちまったのは、他でもない俺のせいだからよお」
「きみ、何か勘違いしていない?」
「ん?」
「確かに私は彼以外を特別に想うことは出来なくなってしまったけれど、決して不幸ではなかったよ」
「・・・・・・」
「恋愛だけが幸福の形じゃない。きみと共に居れた事も、私の幸せだよ」
「・・・俺、お前のそういう所愛してるぜ」
「――。」
コロンバインは返事をしない。
そこに含まれる意味を理解しているからこそ、受け止めることはせずに、ただ聞き流した。
彼もそれを理解して、返事を要求はしなかった。
「お前が何とも思ってなくても、俺は申し訳なくてたまんねえの。だからそのお詫びに、お前の願い叶えてやんよ」
両手を広げるその姿は、一見抱き着いてくるのを待っているようにも見えて、きっとそういう想いも込めていたのだろう。
それでもコロンバインはその想いへの答えを返さない。
ただただ己の狡さを自覚して、仮面の下で顔をゆがめた。

「きみの言うとおり、私は狡い奴だね。どんな願いでもきみが叶えてくれると分かっていて、こんな狡い願いをするんだ」
「いいよ、お前の願いを叶える為に、今俺はここに居る。言ってごらん」
はじめて聴く彼の優しい声音に、声が震えそうになる。
それでもコロンバインは芯のある声で告げた。

「私を、彼と一緒に幸せにしてください」


微笑む魔法使いの頬を一粒の滴が伝った。




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