第一話:摘み取られぬように
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「お前に知識の針を埋めた。私の知る知識の殆どがお前の頭の中にコピーされたと言ったところだ」
「んなこと知ってるっつーの! 馬鹿じゃねえの?」
「師から話は聴いていたけれど、これは予想外だな…。急激に身体を成長させるなんて…」
「俺は無駄に400年以上生きてるお前みたいなばーさんとは違うんだよ。ほら、俺って天才って奴だからさぁ〜、ばーさん達みたいに体に負荷かけずに一気に急成長出来ちまうんだよ。かはは!これが成長期ってやつかぁ?」

見た目10歳そこらへ急成長を遂げた、生後間もない少年ラベンダーは、モネの魔法針により、膨大な知識を手に入れた。
その知識を応用し、ラベンダーは自らの潜在能力である魔法を使い、急成長をした。

「私は、モネ。お前を託された、いわばお前の教育者だ」
「いらねーよぉ、んなもん。俺一人でもぜーんぜんへっちゃらだし」
けらけらと笑うラベンダーに、モネは怒りを抑え笑顔を作る。

「お前を育てるのは私の役目だ。いいか? お前の為じゃなくてこれは私の為なんだよ!」
「へっへっへー、なんだなんだツンデレちゃんかぁ? そんな使い古された定型句じゃつまんねーよー」
「いちいちうざいなぁ、お前。義姉さんにそっくりで腹が立つ・・・」
「義姉さん・・・? 誰だそりゃ」
目をくりっくりにしてモネを見ると、「ああ」と。
「お前の生みの親だよ。名前はシオン」
「はー・・・。・・・・・なあ、もっかい俺に針さしてくれよ!」
今度は目を輝かせ、ずいと近づく。

「な、なんでだっ、お前に必要な知識はもうおしえてやっただろっ?!」
「さっきの針は魔法で具現した記憶の塊だろ? だったらよお、俺の母さん見せてくれよお!」
「駄目だ駄目だ! 見せないって約束してんだ馬鹿が!」
「なんでだよ! ケチくせぇな! あ、もしかしてめっちゃ不細工で恥ずかしいとか?」
「なぁっ?! 馬鹿を言うなよ! 義姉さんは絶世の美女だったんだからな!」
「じゃあ良いじゃんよおー。つーかいっそのこと会わせてくれよー」
駄々を捏ねるラベンダーの頭を容赦なく殴り、モネは「無理だ」と言い放つ。
「いってーな。無理ってどういうことだよ」
「義姉さんはもう死んだからだ」
「死…?」
顔を歪めておうむ返しをすると、モネは頷いた。
「お前を産んで直ぐにな」
「へえ」
突然黙り込む姿に「しまった」と思ったモネは、弁解しようと口を開きかけたが、その前に「そっか」と。
「どうせ二度と会えねえのに顔を知っとく必要ねえもんな」
「・・・驚いたな。義姉さんも同じ事言ってた」
「そりゃまあ、親子だからだろ」
まだ幼い故の理解不足なのか、元よりこのような性分なのかは分からないが、ラベンダーは随分とアッサリ親の死を受け入れた。
モネもそのことをわざわざ指摘するべきでないと判断し、話を戻すことにする。

「お前の知識に間違いがないかを確認する。私の質問に答えろ」
「あいあいさー」
面倒臭そうな、なんともやる気のない返事ではあったが、返事に変わりは無いので無視して続ける。
この世界について、国について、一般的な知識、問われた事を大雑把にだが答えていく。
「…まあいいだろう。次は魔法について」
「なんかよく分かんねえけど、限られた人間が生まれつき使える能力だろ。原理とかよくわかんねえけど」
「そうだ。まだどういうものなのか分からない。他には?」
「えっとー、使える魔法の大きさとか使い方ってのは個人差があるとかなんとか? たいしたこと出来ねーのな」
「自分の能力では扱えない魔法を使うとその分体に負荷がかかる。皆慎重に成るさ」
「俺は天才だからそんなヘマしねーけどな〜」
能天気にも、豪快に笑うラベンダーに、正直呆れて溜息交じりに言葉を漏らした。
「お前、そんな態度だと無駄に敵を作るぞ。・・・最期にお前の置かれている状況をいってみろ」
「んー? まだ言うのかよー、めんどくせえなあ」
「面倒臭がるな」
「へーへー。――俺は天才過ぎるから生まれる前から狙われてんだろー。まったくよお、生まれる前からモッテモテとか俺も罪な男だよなー」
へらへらと危機感の無い笑いに、頭が痛くなってくる。
自分一人で本当にこの餓鬼を育てられるのだろうかと、不安に成る。
「分かっているなら、もっと危機感を持て。痛めつけてでもお前を連れて行こうとする奴はいるんだから」
「わーってるってえ。心配いらねえよ、俺捕まるなんてヘマしねーし」
本当に分かってるのか疑わしいが、これ以上言っても無駄だろう。
頭を抑えたままに大きな独り言を呟いた。
「本当にこんな奴が『なんでも出来る魔法使い』になるのかぁ?」
「おお? なんだなんだ? 今なんかとっても素敵な言葉が聴こえたぜ? 『なんでも出来る魔法使い』ってどういうことだよお」
「あーあー! 煩い。私も詳しくはわからん。師が勝手に言ってただけだ!」
「ほほう、んで? 俺のコトなんて?」
「う・る・さ・い! 謙虚さの欠片も無い奴には言ってやらん!」
「老い耄れババアの癖にもったいぶんなよお!」
深い意味はなく言ったであろう失礼極まりない言葉に、流石のモネも我慢の限界だった。
本来なら子供にぶつけてはいけないだろう力で思いきり頭を殴り飛ばす。
勢いのままに吹っ飛んだラベンダーの体はそのまま後ろの木に衝突し「ぐえっ」と間抜けた声を漏らした。

「言葉遣いには気を付けろよ、若人」
「へへへ、いってーな。俺が天才くんで心が広くなかったらやり返しちゃってるぜ」
何事も無かったかのように服の埃を払う姿が忌々しくて舌打ちをする。
心が広いのではなく、単に気分屋なだけだろう? と返してやりたい。
「ま、どーせ今からそいつの所に行くんだろ?」
「いいや、行かない」
「んえ? だってよ、生まれる前から俺のコトそんなに知ってるってんなら、お前よりもそいつが俺の面倒見た方が良いんじゃねえの?」
「そもそも、師は350年前に亡くなってる」
「さっ?!」
流石のラベンダーも驚きで目を見開いた。
それほど昔から己の存在を予感していた奴がいたというのか。

「お前が誕生することを最初に予感したのは我が師、コロンバインだ。そして師はそのことを私と義姉さんにしか語らなかった。師は寿命を延ばす魔法を嫌煙していた故に、正しき寿命で亡くなってしまったが、死の間際まで、会ったことのないお前を心配していたよ」
そう。誰よりも先にこの少年の誕生を知っていたのはモネの師であるコロンバインだった。
それ以外の魔法使いは、シオンが彼を胎内に授かってからその膨大な魔法のエネルギーによって、やっと存在を認識したのだ。
「おいおい、そんな昔の人間がどうやって俺の誕生を予感したんだよ。予知能力者かそいつは?」
「過去を知る故、未来を知り得る。師についてはこの世界にとっても大きな存在だったから、さっきの針にも入れた筈だ、自分で考えろ」
「・・・モネってもしかして、相当すげえ奴の弟子だったのか?」
「今更か」
「ええっと、師匠の名前なんつったっけ?」
「コロンバインだ。人の話はちゃんと聞け」
「コロンバインコロンバイン・・・。んあ? 『前世持ち』?」
空を仰ぎ見るようにして己の記憶を読み解いていると、「前世持ち」という言葉に疑問を持った。
その言葉の意味についても、勿論知識として針の中に含まれてはいたが、やはり不可解過ぎて声に出してしまう。
「なんだよ、前世の記憶を持ってるって」
「そのまんまだよ。師はお前と似ていて生まれる前から魔法の才覚が有ったが、お前との違いと言えば、針を必要としなかった所だろう」
「はあん、生まれた時から記憶持ちか・・・俺以上の天才くんとは、なんか気に入らねえなあ」
「だからこそ師は唯一無二の存在として、世界的な記録に残っている」
「それは分かったけどよ、その兄ちゃんはどーして俺のコトを予想しちゃってんだよ」
ラベンダーの問いかけに、長い長い沈黙が流れる。
答えを考えているようなモネの真剣な表情に、催促する気も失せてしまい、ただただ口が開くのを待っていた。
そうしてやっと、重々しく口を開く。
「・・・・・・さあ?」
「っぅおい?! 『・・・・・・さあ?』ってなんだよ?! 勿体ぶっといてそれかよ!!」
「師は元々多くを語らない人だったからな・・・」
「くそムカつく野郎だな!」
「師を愚弄するな」
怒りではなく、殺気を漂わせる姿に、思わずビクリと震えてしまった。
これは本気で不味いと思ったらしく、弱々しくも「ごめん・・・」と返す。
その態度に、底はしれないけれど根は良い奴だと悟ったモネは、ふっ、と空気を和らげた。
「取りあえず、態度には気を付けろよ」
「おう・・・」
悪気があるようで、縮こまったまま頬を掻くラベンダーの姿に、モネは満足げに笑みを作った。

「さて、大分話が脱線したな」
「あー、えっと、何の話だったっけ? 『なんでも出来る魔法使い』とか言ってたよな?」
「そのことは一旦忘れろ・・・」
「んーっと・・・。特に大事っぽい話はしてねえな」
「とりあえず、今後の目的だ。私は師から、お前を国へ渡してはいけないと言われている」
「うっひゃー、逃亡生活しろってか? 随分ドラマチックじゃん。トキメキで夜も眠れないぜー」
「茶化すな。最初に言ったように、私はお前の教育者だ。これから私の下で『人として』大事な事を教えていく」
「人として?」
目をぱちくりとさせる姿が妙に子供っぽく、まだ生まれたてであるということを思い出させる。
不敵な笑みでゆっくりと頷き、「例えば」と。
「人付き合いの仕方とかな」
「人付き合いぃ?」
「今のままのお前じゃあ、無駄に敵を作るだけだからな。お前はまだ、知識と力を持った赤ん坊に過ぎない。そのことを確り自覚しろ」
「別に仲良く出来なくたっていいよ。俺は俺の生きたいように生きるぜ」
生意気を言うラベンダーに再び鉄槌を下す。
魔法で傷は直ぐに治せるが、痛いことには変わりがなく、今にも泣きだしそうな顔を向ける。
「今更そんな顔をしたって遅いからな。これ以上ぶたれたくなかったら黙って私の言うことを聴け」
「児童虐待で訴えてやる・・・」
「おうよ、訴えて見ろ。お前がのこのこ表へ顔を出したらすぐに捕まって国に利用されるだけだ」
「可愛げのねえクソババアめ、人の足元みやがって・・・」
「おーおー? なんだ? まだ足りないようなら何発でも殴ってやるぞ? 壊れたラジオが叩けば治るように、お前も叩けば少しはマシになるか?」
「ごめんなさい嘘です冗談です許してください勘弁してくださいもう二度と言いません神に誓って」
そもそもが軽口を叩きやすい性格なのだろう、ラベンダー自身も、本当に一人で生きていけるとはおもってはいないのでちょっとしたジョークの心算だったが、生憎モネはその手の冗談が酷く苦手だった。
それもこれも、ラベンダーの母のせいであろう。
土下座して許しを請う姿が可笑しくて、思わず吹き出すと、ラベンダーは文句ありげな顔を向けた。
「何がおかしいんだよ!」
「いやあ、悪い悪い。お前結構素直なんだな」
「ああ? 俺はスーパーウルトラ素直だよ! 悪いか!?」
「いいや、悪くない。――これから宜しくな」
ひとしきり笑ったところで、握手の手を差し出す。
訝しみながらも、その手を取ると、痛くはないけれど力強く握られる。
「言っておくが、私の指導は厳しいぞ」
「・・・さっきので十分わかったよ」

モネは手を放すと「さて」と声を漏らした。
「いつまでものんびりはしてられないぞ。お前が生まれたことは一部の魔法使いが察知しているだろうからな」
すたすたと先を歩きはじめると、ラベンダーはしっかりとその後ろを付いてゆく。
ちゃんということを聴く辺り、やはり根は良い奴だ。
「どうせ劇的な逃走するなら、かわい子ちゃんとが良かったぜ」
「若作りした老人で悪かったな」
「おお? 確かに歳はすげえばーさんだけど、自信持っていいくらいにはお前美人だぜ?」
「・・・急に褒めるなよ、照れるだろ」
「うっわ、照れんなよ、気持ち悪ッ」
「お前のその態度絶対改めさせてやるからなクソガキ」
ラベンダーが引き気味にツッコミを入れると、終に言葉遣いが崩れてしまった。
この掴みどころのない奴とマトモに付き合っていたら、こっちが持たないなと、モネはこの時始めて思った。
「言葉遣い気を付けろよ、ばーさん。――っと、そうだそうだ、あのよお、頼みがあるんだけど」
「ん? どうした?」
「どうせこれから長く付き合うことになるんだ。ちゃあんと俺の名前言ってくれよ」
「・・・ならそっちも、私の事をちゃあんと名前で呼ぶんだね」
「へへっ、トーゼンだろ」
見た目の年齢相応に、ニカッと笑みを作り答えた。

「行くぞ、ラベン」
「りょーかい、モネせんせっ」




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