第三話:贈られた意
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あれから一月。
軽く場所を移動はしたものの、同じ山で生活をしていたわけだが、追手は表れていない。
その間、まるで別人になったかのようにラベンダーはモネの言うことを聴いた。
宣言通りの「真面目くん」に、見事成って見せたのだ。
その意欲は素直に喜ばしいが、理由があの追手の少女ロゼであるというのが、彼女の頭を悩ませる。

亡き師と義姉から、彼が己の力を悪用しないよう、一人前の魔法使いに育てるよう頼まれているというのに・・・。
追手の多くがラベンダーの力を悪用するために捕えようとしている。
だからこそ、この子を奪われる訳にはいかない。

そんなモネの心中など知りもしないラベンダーは能天気に鼻歌を歌うのだから、本当に仕方がない。
そうして厄介な事に、彼は思い浮かんだ事を直ぐに口にする。
聴いてほしくない様な事も、急に何の脈絡も無くサラッと尋ね、何度か気分を害した。
300年は生きているモネも、まだまだ出来た大人ではない。
その度に、「考えてものを言え」と理不尽に頬を抓られるが、それでも懲りないというのは、性格ゆえなのだろう。

そして今日も、ラベンダーは考え無しにポロリと問いかける。
「あのさ、コロンバインってどんな奴なんだ?」
眉間に皺をよせ、「前も言ったろう」と素っ気なく返す。
けれどラベンダーは引き下がらない。
「前聴いたのは『前世持ち』っつーことと俺のコト知ってたってくらいだろ。今聴いてんのは性格だよ」
「何でそんなコト聴くんだ。それも今」
「気になったから聴いてんだろ。なんだよ、なんか不都合でもあるのかよ」
ムッとして強気に声を張ると、モネは黙り込む。
言うべきか言わざるべきか、はたまた、答えを探して悩んでいるのか、それがよくわからない曖昧な態度。
時間が立つほどにラベンダーは苛々を募らせた。
けれど此処で催促すれば、モネは二度と語ろうとしないことを無意識に察し、口を出すことが出来ない。

たっぷりと時間を要し、遂に小さく「『愚者』」と。
「愚者?」
「『コロンバイン』という言葉の意味だ」
「・・・俺は言葉の意味なんて」
聴いていない、と言う言葉に被せるように、モネは淡々と説明を始めた。
「この国の魔法使いの風習として、意味を持つ言葉を名に用いる。『ラベンダー』は『期待』という意味」
「だぁら、それが関係あんのかよ」
「新たな魔法使いに名を贈る事が出来るのは、肉親と、そのものの師のみと定められている」
「・・・・・・」
喋るのをやめる気がないモネの言葉を半ば聞き流すように渋々と耳を傾ける。

「お前に名を贈ったのは我が師、コロンバインだ」
「へえ。俺ってそーとー『期待』されちゃってんのな」
「さっき言った通りお前の母親の師であるから名付けの権利は持っている」
「んで、それがなんなんだよ」
「師の『コロンバイン』という名、誰が付けたと思う?」
突然の問いかけに安直に「親かその師匠だろ?」と即答すると、モネは無言で否定した。
「親や師が生まれた子、それもお前のような才能あふれる子に『愚者』なんて名を贈ると思うか?」
「んあ? ・・・そう言われりゃ、そうだな」
「では誰が付けたのか・・・。答えは単純だ、師は自らその名を語りはじめた」
「はぁ? 自分でそんな暗い名前付けちまうのかよ? 俺だったら絶対かっけえ名前にするぜ? こいつぁ相当な根暗くんな気がしてきたな」
「師の母は魔法の使えないただの娼婦だった。故に母親には師は居ない。出産時時には随分憔悴して、そのまま回復する事無く息を引き取ったそうだ」
父親も詳細は不明故に、名付けの権利を持つものが居なかった。と、モネは告げた。

そんな話を聞いてしまうと、余計暗い印象を持ってしまう。
最初にモネに入れられた知識からするに、なかなかの偉業をなした御仁のようだが、この話だけ聴くとどうにも、根暗生真面目くんしか浮かばない。
此処でコロンバインと言う人物の印象が大きく変わるとすれば『前世持ち』という点だろう。
「師は穏やかで、物腰の柔らかい、博愛者だった。その過去を思わせない程に」
「そいつは多分に、っつーか、どう考えても『前世持ち』のせいなんだろ」
「そうだろう。生まれた瞬間から、何千万年の経験値を持っていたのだから、生後の出来事なんて些細な事でしかないだろうさ」
「そんなけすげえならもっと自信を持った名前つけろって。俺は男の謙虚とか謙遜がどうも気に入らねえぜ」
「其処が、師の性格を表しているだろう」
「ああ、なるほどな。俺と違って超絶ネガティブ野郎ってことだ。マイナス思考にだと早死にしちまうぜ〜ってもう死んでるけどな」
かっはっは! と、何が可笑しいのか笑っていると、モネに殴り飛ばされてしまった。
このやり取りも大分慣れてきたもので、最近では如何に格好良く受け身を決められるかなんてくだらないことに挑戦している程だ。

「まあ、師についてはこんな所だ。正直な話、当時私は師に魔法を教わることでいっぱいいっぱいで師とプライベートな話はあまりしなかったんだ。その辺は義姉さんや、アイツの方が―――。」
「お?」
ハッとして思わず口を塞いでしまう。
そしてその条件反射の行動をしてしまったことに更に「しまった」と思った。
ラベンダーはこういう言いかけた事程妙に興味を示し根掘り葉掘り聞いてこようとする。
なんとも嫌な奴なのだ。
「おお? おうおう? なんだよアイツって?」
「お前は知らなくて良いことだ」
「えー? いいじゃんよー! 俺とモネの仲だろぉ〜! 隠し事なんて水くせえじゃねーの!」
「あーもう! この話は終わりだ、さっさと修行に戻るぞ。そろそろ魔法を使わせてやるから!」
あからさまに話を逸らされたが、やっと魔法を使わせてもらえるという事実に、先程まで興味を示していたことはポーンと頭の外へ飛び出てしまった。
「本当か!? よっしゃああ! ようやく俺時代到来!!」
「忙しい奴だな」
素直にはしゃぐ彼の姿に、やれやれと微笑を零し、一先ずホッとした。

あの男のことはあまり他人に、それもラベンダーには特に聴かせたくない。
とはいえ、いつまでも隠していられるとも思っていない。
ラベンダーを捕まえようとしているモノの一人であるのだから、何時かは話さなければならないだろう。
けれどその前に、ラベンダーを善良な魔法使いに育てなければ。

ぐるぐると螺旋のように回る思考をいったん追い出し、モネはラベンダーの相手をすることにした。
適当に魔法を使うように指示をして、間違えた時はそれを指摘する。
それが、モネが師匠であるコロンバインから自ら教わったやり方であった。
しかし、流石というか、ラベンダーはやはり、所詮天才。
どんな指示も息をするように簡単に、完璧に、いいや、想像以上のクオリティで成して見せた。
自分が一月かけたメニューを一瞬で済ませて、さらにそれが当然というような姿。
少し憎らしい。

モネは才能に乏しかった。
ハーフのせいだと幼い頃から周囲の才能溢れる魔法使いから馬鹿にされてきた。
才能ある魔法使いを見ると、ついその時の事を思い出し、他人の才能に嫉妬してしまう。
とはいえ、若い頃と比べれば今は少しチクリと来るだけで、大分割り切れるようになった。
それもこれも、経験のおかげだ。

「そういえば、魔法使いは意味を持つ言葉を名前に〜って言ってたけど、モネはどうなんだよ?」
休憩に入って早々に、ラベンダーは首を傾げた。
「私か?」
「そうそう。知識は一通り頭ん中にある訳だから考えてたんだよ。俺の母さんシオンつったよな? そっちは『きみを忘れず』って意味なのは分かったんだけど、モネが思い浮かばねーんだ」
「ああ、私はちょっと特殊でな」
「特殊ぅ? なんだよその『他とは違うぜ』って感じ! ちょうかっくいいじゃねーか! ずりぃーぞ!」
「そんなにかっこいいことじゃないぞ・・・」
小突くラベンダーのおでこをペチンと叩きながら呆れる。
普段の殴りに比べれば今のはたいして痛くはないが、つい条件反射で「あたっ」と声が漏れた。
「んで、特殊ってどういうことなんだ?」
「私はハーフなんだ。魔法使いと国外の一般人とのな」
「ハーフだと特殊な名前になるのか?」
「そう。とはいえ、今は改定されたからどんな名でもいいんだけれど、私が生まれた当時、ハーフは名も半分にする決まりだった」
「名前を半分に・・・って?」
「私の名の元の言葉は『アネモネ』。それを半分にしてモネだ」
「アネモネ・・・『きみを愛す』? へえ、良い意味じゃん」
「そう、か?」
「モネの親御さん方はモネの事、大切にしてたのすっげえ伝わるぜ。考えてもみろよ、俺なんて知らん兄ちゃんに『期待』されちゃってんだぜ? プレッシャーってもんだよ、かはは!」
「ラベン・・・お前時々良い事言うよな」
「時々じゃねーよー。何時も俺は格言残してんだろ〜」
豪快に笑うラベンダーにふっと塞き止めていたモノが消えた様にこちらも笑みが零れてくる。
この少年の過剰な自信は何処から湧いて出てくるものなのか、何時まで経っても分からないな。

「でもそんなロマンチックな名前でも、成長したらこんな堅物ババアになっちまうんだから、世の中非情だよな」
「・・・言いたいことはそれだけか、ラベン?」
「暴力反対!」
「わかった、歯を食いしばれ」
賢いのだか馬鹿なのだか分からないけれど、何度殴られ叱られても性懲りもないその図太い性格を私は大いに尊敬しているのだ。




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