第五話:妄想の記憶
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コロンバインの語った「理由」は、俄かには信じがたい事だった。
遠い未来、己の亡き後生まれてくるだろう神にも等しい才能を持つ魔法使いの事。

その辺の魔法使いだったら、コロンバインの言葉を信じることは無かっただろう。
けれど、彼は違った。
誰よりもコロンバインを信じ共に居続けた彼は、その言葉を無下に聴き流しはしなかった。
全てを信じて、協力を惜しまないと誓った。


******


どうにも、面倒くさい。
コロは緊張のあまり腹を壊して寝込んでしまったので、食堂へ来たのは僕だけだ。
こういう時、体調の管理を魔法で行っていないコロは本当に弱い。
でも魔法での管理を極度に嫌がっているから仕方がない。

安心したような、不安が募るような。
失敗は出来ない。
気を引き締めて食堂の扉を開ける。
人混みの合間を縫っていけ好かないあの女を探す。

根暗な。
そう思ってしまうような席のチョイス。
丁度灯りの切れている照明の真下の席、それも部屋の隅だ。
そこにあの女ともう一人誰だかが座っている。
「こんにちわ」
「まあ、付き人さん。あの人はどうしたの?」
「付き人じゃなくてカンナだよ。コロ・・・ンバインは、体調を崩して来れないんだ。ごめんね」
「なんてヤワな奴。きっと気持ち悪いぐらい緊張して寝不足と腹痛で寝込んでるのね」
「よく分かったね」
「やだ、本当にそうなの? ドン引きよ。ちょっとしたジョークだったのに」
この女今すぐにでも張り倒したい。
口に出すわけないけど。
あくまで愛想良く、コロの代理として恥じぬよう振る舞わなければ。
そこで、会話に入ってこれずにいるもう一人に声を掛けた。
「ああ、ごめん、初めましてだったよね? 僕はカンナ。コロンバインの助手みたいなものだと思って」
「はい。こちらこそ紹介が遅くすみません。シオンの友人のモネと言います」
モネと名乗った女は、キッチリと座り、なんともハキハキと返事をしてきた。
堅い態度。
応用の効かないマニュアル人間だろうな。

嫌だなあ。
普段相手をしてやる分には問題ないタイプだけど、この女が居るところで同時に相手をしたくない。
最悪のペアだ。
「でもあの人が居ないんじゃ困ったわね。折角こっちから交渉を持ちかけようと思ったのに」
「交渉?」
おうむ返しにシオンはにやりと口の端をあげると「ええ」と。

「こっちの条件を飲んでくれたら、あの人の弟子に成ってあげても良いわ」

この上から目線な態度にカチンッと来てしまったが、抑えるんだ僕・・・。
上手くこの女を弟子にすることが出来ればコロは喜んでくれるはずだ。
あの話を昨日聴いておいて良かった。
もし聴いていなかったら今絶対こいつの首を絞めていた。

「その条件というのは? 話によっては、僕が代理として責任を持って受けよう」
「大したことじゃないわ。そのためにモネを此処に呼んだんだもの」
名前を呼ばれたモネは肩を震わせる。
解り易くソワソワしだして、意味が分からず首を傾ける。
「彼女と関係ある事?」
「簡単よ。私を弟子にするなら、彼女も一緒に弟子にしてちょうだい。条件はそれだけよ」
「どっ、どうしても、彼の偉大なコロンバインさんの下で修業をしたくて!!」
俯き声を小さくして言う。
申し訳ないという気持ちもあるのだろう。
自分なんかがおこがましい事を言っているという自覚があるのだろう。
なら言うな、一生胸にしまっておけクソアマ。
なんて、口が裂けても言わないけど。

「僕の一存で決めかねるね。そういうのは本人の意志が大事だから」
「そうね。本当なら本人に直接言って今この場で決めさせていたのだけど・・・」
「この話はコロンバインに伝えておくから、返事は後日・・・」
「いいえ、この話は無かったことに」
「え?」
「え?!」
僕の疑問符の後、遅れてモネの疑問符が上がる。
この辺の打ち合わせはしていないのか・・・?
いいや、この女、多分気分で生きているんだ。だから簡単に意見を変えたり曲げたりする。
のらりくらりと掴みどころがない。
「自分から約束しておきながら来なかったのだから当然よ。もう二度と私を弟子にするチャンスが失われて精々悔しがればいいわ」
「まってくれ。コロは本当に体調を崩していて――」
「体調管理をまともにしていなかった自己責任よ。・・・もし代理のあなたが決めてくれるというのなら話は別だけど」
射るような視線を向けられ言葉が出なくなる。

試されてる。
こんな落ちこぼれの女に。
僕が悩む様を、どう答えるのかを、楽しんでいる。

「やあ、皆」
唐突に真横から聞こえた声に肩を大きく震わせる。
全員の視線が其処に向く。

其処には「やあ」なんて言いながら、爽やかな笑みを浮かべ余裕綽々と鎮座しているコロの姿があった。
「コロっ! 体調は?」
「そんなもんなおしたよ。考えても見たけど、自分で誘っといて体調不良なんてあんまりだし、体調を治す術があるならくだらないプライドは捨てて約束を果たすのが先」
「いつから聴いてたの?」
「カンナが私の『付き人さん』と呼ばれていた件の辺りからかなぁ」
「最初からじゃない、悪趣味ね」

元気そうな姿に安心した。
なんだかもう全てどうでもよくなってしまう位に。
向かいの席では唐突に憧れの存在が現れたことによってモネが硬直している。
そんな僕達の想いなんてお構いなしに、コロとシオンは会話を広げている。

「と、言う訳で、せっかく持ち出してくれたお話だ。誠心誠意、真摯に応えさせてもらうよ」
「良い心がけだわ。あなたが真面目なのは気に入らないけどね」
「酷いなー」
駄々っ子をあやすように言うと、コロは足を組んだ。
こういう所では妙に格好付けたがるんだ。

「私はきみ達を快く受け入れよう! シオンを弟子にするためならどんな条件もやぶさかじゃないんだから!」

相変わらずポカンとしたままのモネを無視して、シオンは眉をピクリと動かした。
「私にご執心なのは分かったけど、それでこの子の修行に手を抜いたら許さないわよ」
「そんなことはしないよ。やる以上しっかり師匠ってモノをやらなきゃね」
「分かってるのなら良いわ・・・」
自分で条件を出した癖に、納得がいかないという顔。
本当にコロの弟子になりたくないということが伝わってくる。

「完敗だわ。信じらんない。帰りましょう、モネ」
「ああ、バイバイ、またね。明日二人とも迎えに行くから、待っててね」
「はいはい、さようなら」
結局、再起不能のままのモネを引っ張るような形でシオンは席を立った。
僕とコロは二人残されて、周りの視線を感じていた。
コロは有名だから仕方がないとはいえ、やっぱり落ち着かない。

「お手柄だったね、カンナ」
そう声を掛けられると同時にパッと景色が変わる。
きっとコロの魔法でいつもの部屋まで一瞬で移されたのだ。
隣に座っていたはずのコロは向かいにいる。
「・・・そんなことないよ、殆どコロが自分で決めたじゃない」
「ふふふ、決定は私だけど、あの条件を引き出してくれたのは他でもないカンナだよ」
「え?」
条件を引き出したのは僕?

「分からないのも無理はないかもしれないね、カンナはシオンの事嫌いみたいだから。・・・もし最初から私があの場に居たら、シオンはあの条件を提示しなかったよ」
「それって、僕の手柄じゃないんじゃない?」
「いいや。他でもないカンナだから、シオンはあの条件を出した。要はね、彼女はカンナの反応を見て遊んでただけなんだよ」
「遊んでって・・・。僕は玩具か・・・」
本当に不愉快極まりない女だ。
「かもね。――まあ、だから私はそれを見越して、欠席のフリをして後から来たわけなのさ」
「それなら最初からそう言ってくれればいいのに」
「敵を欺くならまずは味方から。シオンは鋭いから、下手に嘘を言ったらばれちゃうと思ってね。隠してごめんね」
可愛らしい仕草で謝るものだから、可笑しくてつい噴出してしまう。
僕の笑いにつられる様にコロも笑顔を作った。
「気にしてないよ。コロの役に立ったのなら嬉しい」
「カンナはいつも私の役に立ってくれてるよ。ありがとう」
「そ、そんなことないよ」
口では謙遜したけど、そう言われるとやっぱり嬉しい。

たったそれだけでも舞い上がってしまうんだから。


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コロンバインが生前、いずれ生まれる魔法使いの事を話したのは、彼と、二人の弟子のみで・・・。
死ぬ間際に残した遺言はただ一つ、その新たな魔法使いの名前だったという。




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