第七話:浪漫ロマネスク
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なに不自由ない快適な生活・・・。
きみ達からからすればそうかもしれないけれど、ラベンダーにとっては、何不自由ないことこそ不自由であった。
平穏な生活というものは、まだ幼い少年には些か刺激が足りなかったらしい。
それこそ、言葉の通り、「三日坊主」という奴だ。
例えば、ラムネ水の泉を探しに行くだとか、金平糖の降り注ぐ丘を横断したいだとか、そんな世迷言を言ってはロゼに窘められた。
「でも、そんな俺ちゃんも今日までだぜ」
己のこの平坦な一週間を思い返しながら、誰にも気付かれないように笑みを零した。

皆が寝静まった宵。
さながら王子にでもなったかのように寝息を立てているロゼを軽々と持ち上げ、颯爽と自分たちが居た施設を後にする。
優雅に階段を駆け下り、誰に気付かれることも無く逃走を果たし、二人はお互いに愛し合いながら後生を楽しく過ごす。

―――等と、理想的な人生設計に胸をときめかせていたのも束の間。
そもそもが、想像通りにロゼを抱きかかえる事が出来ず、なんとも格好の悪いことに無理矢理に両手いっぱいに抱き上げる姿となってしまった。
その時ロゼの胸に顔をうずめるような形になったが、これは決してわざとではない。
自身にそう言い聞かせながら、最終的に抱き上げるのは無理だと判断したようで、背負っていくことになった。
こんな状態で颯爽もなにもあるのか疑問は残るが、本人は負けじと歩を進めた。
カメラやれ警備魔法やれには、最初から魔法で対策を練っている為、音を立てないということだけを気を付ければ良い。
若干想像とは違うものの、なかなか決っているんじゃないだろうか?
なんて自画自賛をしながら、悠然と施設の入り口へ出た時。

「あ」
「なっ、だ、脱走だああああああああああ!」
「やっべ見つかった!」
入り口には警備員が2人、片方の声にもう片方が警鐘を鳴らし、施設内は徐々に灯りがともり慌ただしくなる。
人が集まる前に早くこの場を離れなければ。
もう理想も何もない。どんなに呆気なくてもここを突破しなければ。
「ったくよぉ! こんだけでっけえ施設なんだからさっさと全部機械化しとけっての! いまだに警備員雇ってんじゃねーよ!」
走りながら何のモーションも無く警備員に魔法をかけて眠らせてゆく。
「じゃぁな! あばよ!」
イヤッフゥーーー! なんて掛け声と共に石畳の階段をジャンプすると、そのまま二人の姿は虚空へと消えた。

そんな騒々しい音に耳を傾け、カンナは息を吐いた。
ラベンダーは皆が完全に寝静まったと思っていたようだけれど、それは違う。
その時はたまたま、人質のモネと話していたのだ。
流石コロンバインの弟子というべきか、拷問を耐えうる精神力はある。
劣勢である事に変わりはないが、状況を飲み込んだモネはカンナへと笑みを零した。
「残念だったな」
「何が?」
「あの馬鹿、人質を置いてトンズラこいたんだろ」
「・・・・・・」
表情は崩さず余裕のままに、けれど黙り込むカンナを、モネはじっと見つめた。
図星なのか、それとも何か策があるのか、何を考えているのか全く分からない。

穴が開くほどに見られたせいか、カンナも、ふっ、と口の端を上げた。
「やっぱり、きみの様な解り易い奴は会話がしやすくて良いね」
「なっ」
「きみの言うとおり、逃げられちゃったよ。でも、幸いなことにアレを連れてったみたいだから、まだ居場所は分かる」
「あれ・・・?」
あの馬鹿は一体何を余計な物を持ってたのかと、顔を顰めて問うてみる。
さして気にしたふうでもなく、カンナは「ロゼの事だよ」と告げた。

「お前・・・人を『アレ』呼ばわりか・・・!」
「言っておくけど、アレは僕等とは違う、紛い物の命だよ」
「紛い物だと? まさか――!」
「そう。魔造人間」
モネの言葉に多い被せるように、先に答えを口にした。

魔造人間。
魔法によって生み出された、人工的な人間。
一流の魔法使いでも人の形で作り出すことは難しく、体を成すことが出来ても、人としての機能が著しく低く寿命も短いと言われている。

「時間はかかったけど、やっとそれなりに安定した魔造人間を作ることが出来たんだ」
「命を作り出すだなんて、そんなの間違っている!」
「それは道徳に過ぎない。今に人を魔法で作るのが常識になるよ」
「そんな常識、蔓延る訳がない・・・!」
「ああ、まあね、確かにまだ『作り方』は改善点が多いから、普及するには難しいかもね」
「命を物のように扱うなんて、亡き師が今のお前を見たら悲しむぞ・・・!」
「・・・・・・亡き、師・・・か」
得意げに語っていたカンナは、その言葉に目を伏せた。
言いたいことは沢山あるけれど、それら全てを飲み込んで、沈黙が空間を包み込む。
この沈黙は説得するチャンスに違いない、そう思ったモネは再び口を開く。
「誰も成しえなかった魔造人間を作ったからと言って、お前を褒めてくれる師が蘇るわけじゃないんだ。だから、こんな愚かなことはやめよう、カンナ」

真っ直ぐに告げられる、憐れみの言葉に、カンナは乾いた笑いをもらす。
その異様な態度に流石のモネも自分が検討違いの言葉をかけていたことに気付き、表情を凍らせた。
「モネ、きみは、そういうことを言うんだ?」
「カンナ、お前、一体何を・・・」
蛇に睨まれた蛙。
敵意をむき出した眼差しに射られ、声も出せなくなる。

ゆっくりとモネへ近づき、髪を乱雑に掴み、無理矢理に体を引き上げる。
痛みで歪む顔を、ゴミでも見るような眼差しで見つめた。
「コロが蘇るわけないなんて、そんな冗談、きみが言うとは思わなかったよ!」
「いくらラベンが『なんでも出来る魔法使い』だからって、理に反したことが出来る訳ないだろう? いいかげんに目を覚ませ!」
モネの反論を無視しそのまま地面へ投げ捨てる。
拘束され体の自由を失ったモネは成す術もなく地に叩きつけられた。
痛みの嗚咽を漏らすと、すぐさま蹴り上げられ、腹を踏みつけられ、痛々しい息が口から漏れ出た。

暫くギリギリと腹を圧迫していたが、ふと、思いついたのか、カンナは口を緩める。
「ああ、そうだ。どうせきみはもう彼からも捨てられた用済みな人質だもんね。折角だから、試してみようか」
「あっ・・・ぐっ・・・た、めす?」
「そう。ほら、もし彼に少しでも育ての親を想う気持ちが合ったなら―――」
にこやかに笑いながら、カンナは魔法で鈍器を取り出し、
「っが、ぁ・・・」
何の躊躇いもなく、モネの頭にそれを落した。

動かなくなった体から足を退かし、潰れた頭を覗きこむ。


「きみを蘇らせてくれるかもしれないよ?」




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