第八話:恋は盲目
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「此処、何処?」
見覚えの無い景色にロゼがそんな疑問を口にするのも至極当然。
どうやら何処かの湖畔なようだ。
連れてきたはずのラベンダーは水を飲みながら「さあな〜」と。
「とりあえずどっか遠く! って思って適当に飛んだから俺にもさーっぱり」
「・・・・・・」

相変わらずの無表情のまま、けれど少し不安が現れているのが分かる。
ラベンダーのクロークを引き、小さく「帰ろう」と呟いた。
その仕草にラベンダーは頬を紅潮させ、それを見られないようにするためか、直ぐに顔を背けた。
「へんっ! だぁれがあんなつまんねえ所に戻るかっての!」
「カンナ様、心配・・・する・・・」
「ああいうヤローはちょっぴり心配させてやるくらいが丁度いいんだよ! そんなことより、今俺達は自由なんだぜ! 普段出来ない事パーッとやろうぜ!」
「でも・・・」
珍しく、解り易く落ち込むロゼの姿に、少し心が痛む。

「な、なんだよ、これじゃまるで俺が悪者みたいじゃんか・・・。そんなにカンナの野郎が好きなのかよ」
「す・・・?」
「好・き! 好きも分かんねえの?」
「よく、分からない」
真ん丸になったお目目が可愛らしいなあ、と思いながらも、ラベンダーは咳払いをして、何処からともなく眼鏡を取り出した。
「好きっつーのは、単純な物なんだが、説明するのは難しいんだよなあ・・・。俺の頭ん中には『心が惹かれる』だとか色々知識的にあるけど・・・」
「心、惹かれる」
「俺はロゼが好きなんだけどよ、好きだから、ロゼを幸せにしてやりたい訳だ」
「?」
「だああ・・・もう、難しいなぁ! なんて言えばいいんだよ畜生!」
雰囲気作りにかけていた眼鏡を投げ捨て、頭を抱えて叫ぶ。
そして、説明するためとはいえ、さらりと告白してしまったことに気付きだんだん恥ずかしくなってきた。
「ラベンダー?」
「い、今の無しだ! 忘れろ!」
「???」
「くっそぉ! こうなりゃ魔法で――! って、そっか、魔法で教えりゃよかったんだ」

モネは針で、カンナは煙を使っていたが、各々の魔法を使う上でのイメージの問題なのだろう。
さあ、自分はどんなイケてるモノにしようかと腕を組んで考え始めたが、なかなかに決まらない。

結局、じっと見てくるロゼの視線に耐えきれず、ラベンダーは指を鳴らした。
勿論ラベンダーであれば魔法を使うのに動作を要さないが、こう解り易くしてやらなければ、恰好がつかない。
程なくして、ロゼから言葉にならない声が漏れる。
哀しみの様な、慈しむような、切ない声音。

目を伏せ、胸に手を当て、深く息を吸った。
「これが、好き」
「おうよ」
「わかった。私、好き」
「おう・・・って?! は?! も、もも、もしかして俺達両おも――」
「カンナ様、好き」
「デスヨネ!」

淡い期待を寄せてしまっただけにダメージが大きかったらしく、そのまま勢いで地面に突っ伏す。
なんというか、もう泣き喚きたい気持ちになったけれど、ロゼの前でそんな真似が出来る訳もなく、生えている草を毟り平静を保った。
「というかよ、傍からみててもロゼがアイツの事好きなの一目瞭然だったんだけどよ・・・」
「そう?」
「はあ〜、だってよ〜、ロゼちゃん超健気じゃん。いっつもカンナ庇ってよ。それなのにあの性悪サディスト、ロゼの事なんて全ッ然粉微塵も相手にしねえんだからよ! 信じらんねえぜ!」
「それ、は、仕方、ない」
「仕方なくなんかねーよ。あいつ、お前の事道具としか思ってねえみたいな態度じゃねえか」
「だって、私、紛い物。失敗、作、だから」
「は?」
ロゼの言葉に、ピクリと眉を動かした。
怒鳴りたかったけれど、それを抑え、ロゼが続きを語るのを待った。

「上手く、しゃべ、れない。魔法、使えない。親、居ない。作、ら、れた、命。髪、も、目も、カンナ様、の、理想と、違う・・・。失敗、作」
「人はモノじゃねえぞ、自分の命を失敗だなんていうんじゃねえよ」
怒りをギリギリで抑え、ラベンダーは返した。

本人も何に対して怒っているのかは分からない。
カンナの言いぐさか? 自分を卑下するロゼか? 恐らくその両方。

ロゼは、己の事を上手く言葉に出来ず、困った顔をラベンダーへ向ける。
暫くそのまま見詰め合っていたけれど、何を思ったのか、ロゼがゆっくり目を閉じた。
「見て」
頭をラベンダーの肩に埋め呟く。
「良いのかよ、隠してることとか全部分かっちまうぞ」
「良い」
「じゃあ、見るぞ」
「うん」
ロゼの背に腕を回し、そっと抱き寄せる。
ラベンダーも同じように目を閉じ、ロゼと額を合わせる。

ロゼの温度と共に脳へ流れ込んでくる記憶。
自分で記憶を埋め込むのと違い、他者の記憶を覗くのは、選び取ることが出来ない。
故に、必然的に全てを知ることになる。

思い出も、想いも。


そうしてラベンダーはようやく思い知る。
ロゼの、カンナへと向けた想いの重さを。
その所以を。


カンナによって人工的に作られた命。
雛鳥が親の後を付いて行くように、使い魔が主に従うように。
そんな重い忠誠。
同時に、カンナの一途な瞳へ生まれる、好意。
届くことはない事を知っていて尚、愛おしいと思ってしまう切なさ。

ロゼの前に作られただろう『失敗作』の山のフラッシュバック。
そのどれもがロゼとよく似た姿をした黒い髪の少女。
人の体を成していないモノも中には居る。

母親の胎内の記憶。
赤黒い壁。
無理矢理に引き出され母体の腹を裂く。
強制的に今の姿へと成長させられる痛みと吐き気。

凄惨な光景。

「ふざけんなよ!」
ロゼの全てを見たラベンダーは、とうとう声を張り上げた。
「なんなんだあの男は! 人間のやることじゃねえぞ!」
込み上げたのはカンナへの怒り。

自分は何をされても平気だった。
それをされるだけの立場であることを理解していたから。
けれど記憶の中でのロゼや、ロゼの姉妹ともいえるだろうモノ達への仕打ちは何一つ理解できない。
ただその理不尽さに、ラベンダーは激怒していた。

「如何してお前は、あんな、悪魔みたいな奴の味方するんだよ・・・!」
ロゼの肩を掴み、真っ直ぐ顔を見つめると、彼女は敵意の籠った目をラベンダーに向けていた。
その視線に射られ、肩から手を放す。
解放されたロゼは二、三歩距離を取ると、警戒したままに言い放った。

「カンナ様、悪く言う、許さない」
「っ・・・」
怒りにまかせて声を荒げたが、本当はラベンダー自身分かっていたのだ。
記憶を見た時に、ロゼのカンナへ対する盲信は痛いほど身に染みた。

そんな歪なまでの好意を見て、悲しさと同時に「愛おしい」と思ってしまったのだから、ラベンダーも相当に、恋に盲目だった。
「い、いつか絶対! ロゼを俺にメロメロにしてやるんだからな!! そんでもって、あんな人間のクズの事なんて忘れさせてやんよ!」
カンナへの悪口が頭に来たらしく、遂にロゼはラベンダーの顔を思いっきり叩き、辺りには乾いた音だけが響き渡った。




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