第九話:Cry and Anguish
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いつまでもラベンダーを自由にさせているカンナではない。
暫く泳がせて彼の魔法が如何ほどのものか観察をしていたが、一向に魔法を使わない。
仕方がなしに、カンナの方からアプローチをかけることにした。

カンナが二人の前に姿を現したのは施設を出てから一週間が過ぎた頃。
場所は乾いた風の吹く荒野。
勿論、その間もロゼとカンナは連絡を取り合っていたが、こうして面と向かうのは施設を出て以来だ。
1週間ぶりに会うということと、さらにラベンダーの魔法により『好意』を知ったロゼは、カンナを前にしてほんの少し顔を綻ばせた。
ラベンダーにとってそれは面白くなかったが、またロゼに叩かれたら身が持たないので不機嫌そうに口を尖らせるだけ。

二人の心中などお構いなしに、カンナは笑む。
「随分と楽しんだみたいで、良かったよ」
「お前が来なけりゃもーーっとハッピーだったんだけどな」
悪態を吐くと、ロゼにペチンッ、と頭を叩かれ、さらに頬を膨らました。

「ロゼ、あんまり彼に手をあげるんじゃないよ」
「でも、カンナ様、悪く、言う」
「別に彼からの悪口なんてどうだっていい。これは命令だ、ロゼ。ラベンダーに手をあげるな」
「・・・・・・はい」
「おいおいおい! ロゼはお前の為を思って俺を叩いただけだろ! そんな言い草ねーんじゃねえの!?」
庇うようにロゼの前に立ち言葉をぶつけたが、それをまるで気に留めず、「おいで」とロゼを呼ぶ。
当然のようにロゼはカンナの下へと歩き出すが、その背中から落ち込んでいることが伺えた。
「だから、なんであんな奴のいう事そんな簡単に聴いちまうんだよ! ロゼ!」
ラベンダーの呼びかけに答えず、ロゼはカンナの傍らに立つ。
哀しみとも怒りとも分からない感情が湧きたち、ただ舌打ちを零した。

「僕からお願いしても魔法を見せてくれないだろうから、ロゼ、僕の代わりにラベンダーにお願いしてくれるかな」
「はい」
「魔法ならもう見せたじゃねえかよ。今度は俺に何をさせようってんだ悪玉」
「今度はちょっと、僕達には出来ない事かな。でも、きみからすれば簡単な事だよね?」
にこやかに語りカンナが手を動かすと、ラベンダーの目の前に頭部の弾けたソレが現れた。

「な・・・?!」
顔が原型をとどめていないせいで一瞬分からなかったが、その体格や衣服は紛れもなく己の育ての親、モネのもので・・・。
ショックで腰を抜かしたのか、その場に座り込むと、暫く嗚咽の様な声を漏らした。
ただでさえ、人の死体を見るのは初めてだというのに、親しい者の、それも酷く惨たらしい姿に、完全に言葉を失う。

「きみが少しでも、ソレに情があるなら、試しに見せてはくれないか?」
「な、に・・・言って」
「蘇り」
ロゼの言葉に、思わず「はあ?」と声を出す。
けれどその声は震え、裏返りったもので、いつもなら恥ずかしいと思うが、そんなことを考える余裕が、ラベンダーにはなかった。
「馬鹿じゃねえの? 人を蘇らせろって? んなこと、出来るわけ・・・」
「やって」
「は、はは、そ、んな、可愛く言われたって、無理に決まってんだろ」
「じゃあ、もうこれは要らないか」
顔面蒼白のラベンダーの言葉に被せるように、カンナは低い声で呟いた。
ゆっくりモネの遺体に近づき、そっと手を翳す。
「なにする」
「残しても邪魔だから、燃やすんだよ」

制止を求める声よりも先に、カンナの魔法によりモネの体は一瞬にして燃え上がる。
轟々と響く炎のうねりを、目にし、薄情なのかもしれないけれど、ラベンダーは声をあげて泣くことが出来なかった。
ただ心に、ぽっかりと穴が開き、呆然と眺める。
その光景が脳裏に焼き付いてゆく。

壊れた様に動かなくなったラベンダーを横目に、カンナは「困ったな」と誰にも聞かれぬよう呟いた。
「蘇生が出来ないとなると、別の方向を試すしかないか・・・。どのみち彼の力は必要不可欠かな」
「カンナ様」
「ん? どうかした?」
「ラベンダー」
示す先では、ラベンダーが倒れていた。
慌てて駆け寄ると、どうやら気絶しているだけのようで、安堵する。

「ちょっと刺激が強かったかもね。帰って暫く休ませてあげよう。・・・ラベンダーの面倒を頼んだよ、ロゼ」
「わかり、ました」


その後、施設へと戻ると、ラベンダーは程無くして目を覚ました。
けれど普段の明るさは見られず、放心状態が続いた。
カンナの命令もあり、ロゼは献身的にラベンダーの面倒を見たけれど、明るさを取り戻すには長い時間を要した。

******

「なあロゼ、お前を普通にしてやるよ」
「普通?」
返事も待たずに、ラベンダーはロゼの目を己の手で覆い隠した。
じんわりと体温が伝わる。
冷たい手。
まるで死人の様なラベンダーの体温。
突き放したい衝動に駆られながらも、カンナの言葉を守り、手を挙げることはしない。

いつの頃からか、ラベンダーは気味の悪い笑い方をするようになった。
何もない所で突然笑い出したり、急に怒り出したり。
けれど情緒不安定という訳でなく。
表面上は前と同じように明るさを取り戻したけれど、何処か前と違う。
この体温は、まるで彼の心をそのまま表しているのではないのかとさえ思う。

この施設へ戻ってから長い時間が過ぎたが、あれ以来ラベンダーは脱走をしていない。
魔法も一度も使っていない。
故に、あの出来事以来、魔法を使うのはこれが最初になる。

「ん。もう目開けて良いぜ」
手を放し、素っ気なく言う。
ゆっくりと目を開けると、なんだか世界が変わったかのように輝いて見えた。
「凄い・・・、何をしたの――?」
思わず漏れ出た自分の言葉に驚き、ロゼは口元に手を当てた。
真ん丸にした目をラベンダーへ向けると、彼はニヤニヤと口元だけで笑っていた。
「もう『失敗作』なんて言わせねえよ。お前の体の中途半端な所、ぜーんぶ直してやったぜ」
「普通に、喋れる・・・」
「ったりめーだろ。ついでに短い寿命も平均にしてやったし、そのお堅い表情も豊かにしてやったぜ〜」
ロゼに背を向け、プラプラと手を振り「鏡見てみろよ」と促していると、その手をロゼに掴まれた。
「あ? もしかして俺に惚れ直しちゃった? 『ラベンくんかっこいい! ありがとう! 大好き愛してる!』とかいっちゃうか〜?」
「元に戻して。お願い」
「・・・・・・」

空っぽの瞳でロゼを見る。
そのロゼの瞳から、強い意志を感じ取れた。
「やなこった」
「どうして・・・!」
「そっちこそ、折角人が体直してやったのに、どうして戻りてえんだよ?!」
「こんな半端じゃカンナ様に嫌われる・・・。それなら失敗作でいた方が良かった・・・」
「あっそ、そんなくだらねえ理由かよ。じゃあ俺はぜってー元に戻さねーから」
「そんな!」
「嫌われるかどうかは直接本人に聴いて来いよ、お姫様」
ニヤリと笑うと、ラベンダーは指を鳴らした。

瞬間、ロゼだけが別の部屋へ移動させられたらしく、ラベンダーの姿が見当たらない。
此処は誰の部屋なのかと辺りを見渡すと、背後から声を掛けられた。
「ロゼ?」
「!!」
声の主はカンナだ。
どうやらラベンダーはカンナの部屋へロゼを飛ばしたらしい。
突然のことに戸惑いを隠せず、ロゼの顔は真っ赤に染まる。
「魔法、ラベンダーが此処に飛ばしたの?」
「あ、えと・・・はい」
「へえ。やっと魔法を使うだけの元気を取り戻したか・・・。ロゼのおかげかな」
「そんなこと! ・・・私はただ、面倒を見ただけで・・・」
反射的に思ったことを口に出してしまい、ハッとして口を覆う。
恐る恐るカンナの表情を伺うと、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。

「ロゼ・・・、どうしたの? よく、喋るね?」
「あ、ぅ、ええと、その・・・はい・・・」
口籠り俯く。
嫌われる・・・。そう思い目を瞑ると、肩を掴まれた。

「彼が欠陥を直したんだね!?」

嬉々としたカンナの表情に、今度はロゼが驚いた。
カンナのこんな顔は、魔造人間を作り出すことに成功した時以来だ。
「そうです」
「ああ、やっぱり彼は天才だ! 元ある体の機能を変更させることは容易ではない・・・。それをこんな胃とも簡単にやってのけるなんて、素晴らしいよ!」
やはり、彼無くしては計画は成功しない! そう息巻くカンナの姿に、微笑が零れた。
こんなに喜びを露わにしているカンナは珍しい。
カンナが嬉しいとロゼも嬉しい。

けれど、ほんの少し、ラベンダーばかりを称賛する姿に、胸が痛んだ。

「ロゼ、これからも彼の面倒を頼むよ」
「・・・はい」


その頃、ロゼをカンナの下へと飛ばしたラベンダーは、自室にある庭園で寝転がっていた。
天窓は高く、魔法を使わなければ手が届かない。
青く澄み渡る空を眺め、ただただ思考していた。

ラベンダーは、自分の『出来ない事』を探していた。
『なんでも出来る魔法使い』と言われ、そう評価されるのは素直に喜ばしいことで。
けれど正直、ラベンダー自身『なんでも』出来るとは思っていない。
なんでも出来たら、矛盾が生じてしまう。
だから、自分は何が出来て、何が出来ないかを、今更ながら知ろうとしている。
『なんでも出来る』なんて言われるから、モネのように誰かが悲惨な目に遭うのだ。

ラベンダーは自分が『なんでもは出来ない魔法使い』だと証明しようとしていた。


それでもモネを蘇らせようとしないのは、もし出来てしまったらと、己の力を恐れているから・・・。


「お前も俺みたいに自分の力に悩んだのかな」
知識として記憶に存在する、己にもっとも近い魔法使いへ想いを馳せ、小さく呟いた。




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