第十話:覚醒
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「まどろっこしいのは終いにしようぜ。気乗りはしねーが、あんたの望みを叶えてやる」
「どういう風の吹き回しだい?」
「たっぷり時間はあったから、俺だって色々考えたんだよ。どうするのが一番いいか、どうすれば俺にとって一番ハッピーか・・・。そんで思い至ったのが、さっさとあんたの計画とやらを終わらせる事だってな」
「それはなかなか、賢明な判断だ」

珍しくラベンダーはカンナと二人だけで会話をしていた。
この頃にはもう大分、あの『少年』らしさが定着している。
上辺は前とそんなに変わらないけれど、態度は諦観していた。

「といってもね、大したことじゃないんだ。ただ僕は、彼女と一緒に居たいだけだから」
「はあ、あれか? 理想の彼女を現実に〜みたいな奴か? ロゼ達が良い例だもんな」
「当たらずとも遠からず」
そういうとカンナは、ラベンダーへ写真を投げ渡した。
横着な事に、手ではなく魔法で写真をキャッチして覗き込む。
「最初は、彼女ソックリに作ろうと思ったんだけど、形を似せるのだけでも難しくて、それに加えて性格を弄るのは僕の力では流石にお手上げだ。でも『なんでも出来る』きみなら、ソックリどころか“本物”を蘇らせられるんじゃないかと思ってね」
「おい・・・彼女って・・・」
「ああ、そうか・・・これは僕と、きみの母親しか知らない事だったね」

カンナから渡された写真に写っている人物は、紛れもなく記憶の文献に存在する一人の魔法使いの姿。
モネとシオンの師匠である、コロンバインだった。
「完全に男だと思ってたけど男装ちゃんだったのかよ?!」
「コロンバインは男性だよ。身体はね」
「ますます意味わかんねえよ!」
「“彼女”はねそういう病気だったんだ。これは前世持ちに由来するのかもしれないけれど、彼女の心は間違いなく女性だった」
ラベンダーから写真を奪うように取り返すと、愛おしそうに指でなぞる。
その姿に、カンナにとってのコロンバインの存在がどんなものなのかを悟り、ラベンダーはこれ以上この話を続けるのをやめることにした。

「まあいいや。どっちだろうと俺には関係ねぇからな。んで俺はそいつを復活? させる為に何をすりゃいいんだ?」
「そのことだけどね、聴いていたよりもきみは『なんでも出来る』訳ではないみたいだから・・・。本当は蘇生をしてくれるのが一番手っ取り早いんだけど、出来ないんでしょ?」
「んな死人を簡単に蘇らせられっかよ。俺は神様じゃねーんだからよ」
「ねえ、ラベンダー。きみはそういうけれど、誰かを蘇らせようと、本気で試した事あるのかな?」

「は?」

思わず嘲笑気味に声を漏らした。
それでもカンナは微笑を携えたまま、ラベンダーの返事を待つ。
「試すまでもねーよ、ヒトを蘇らせるなんて『出来ない』」
「そう・・・。じゃあきみは、試した事はないんだね?」
「悪いかよ」
食い下がるカンナに、少し機嫌を悪くして言い返す。
すると、腕を組み壁に背中を預け、カンナは口を開いた。

「だとすると、自覚が無いだけなのかも」
「自覚だあ?!」
「これは一つの仮説だけどね、きみがもし『なんでもは出来ない』とするならば、それはきみの中に存在する『常識』が、そうさせているとも考えられる」
「お前の頭は随分と自分に都合よく出来てるんだな・・・」
呆れて物も言えないというジェスチャーをするも、カンナは動じず「そういうこともあるかもしれないだけさ」と。
「でも、もしも出来る癖にそうしないのだとしたら、モネは本当に可哀そうだね」
「ぁあ? どういう意味だ?」
「きみにとって育ての親の存在はその程度って事だろ」
「モネを殺した張本人がよく言うぜ」
殺意を剥き出し睨みつける。
それでもカンナは微笑を崩さずに「剣呑だなあ」と笑った。

何度もカンナを殺してやりたい衝動に駆られたが、それを抑えるのはロゼの為だ。
カンナが死ねばロゼが悲しむことは、自己中心的なラベンダーでも容易に想像できる事だった。
それに、気に入らないからと殺したら、自分も同じになってしまう。

殺気を収め、深く息を吸う。
普段よりもトーンを落し、真剣なまなざしを向ける。
「兎に角、蘇生は出来ない。常識的に考えて、それが出来たら全てを否定することになるからだ」
それが世界の理。
死を克服することは出来ない。

「残念だな。僕はきみがその程度の魔法使いだとは思わなかったんだけど・・・」

カンナが指を鳴らすと、直ぐに部屋のドアが開いた。
其処にはロゼの姿があり、無言のままに彼女はカンナの傍へ行く。
「何でロゼを・・・」
「きみ、コレをいたく気に入ってたから、コレならどうかと思ってね」
人前でいきなり、ロゼの胸に触れる。
カンナの言葉に対してもだか、その行為にカッと怒りが湧きあがった。
「何する気だ!」
「もう一度実験をするだけだよ。本当に、『なんでもは出来ない』のかどうかをね」

言葉半ばで、カンナの手がロゼの胸を貫いた。
ロゼも予想外だったようで、驚きの目を向ける。
ズルズルと腕を引き出すと脈打つ心臓が取り出さる。
魔造人間故、これだけでは死なない。
けれど――。

「『なんでも出来る』魔法使いのお手並みを僕に見せてくれ」


その赤い実を力のままに握り潰した。

飛び散った赤の傍ら、黄色い髪の少女が倒れている。
ぽっかり胸に開いた穴を見ているとこちらの胸にまで虚しさがあふれてくる。

どういうわけだか、泣き叫ぶ手段を持たないラベンダーは、あの時同様に呆然とその屍を眺めるだけ。
硬直した彼を目にして、カンナは目を細めた。
「何がそんなに衝撃なんだい? きみ程の魔法使いならコレを蘇らせてみればいい。それが出来ないなら代わりを作ればいい。どうせコレは作り物なんだから、幾らでも作り直せばいいじゃないか」
「・・・おま、え・・・。どうして、こんな」
呼吸が乱れ上手く喋れない。
そんなラベンダーの様子に、肩を落し嘆息した。
「本当にガッカリだよ。きみなら愛する人を蘇らせられると思ったのに」
「なんで、なんでこんなこと」
「きみがロゼを好きだからだよ」
「お、れが、悪いの・・・?」

何がどうなっているのか分からない。
カンナを殺してやりたいとさえも思わない。
おかしい、おかしい、おかしい。
可笑し過ぎて笑いが零れそうだ。

俺がロゼのことを好きだからロゼは殺されたのか?
俺がなんでも出来る魔法使いだったからモネは殺されたのか?
俺が全部悪いのか?
俺がいるから、誰も幸せになれないのか?

ぐるぐると思考を巡らせる。
ゆっくりとロゼに近づき、その屍を抱き寄せる。

俺はそんなに、悪いことを望んだだろうか。
ただ、モネとはふざけ合いたかった。
ただ、ロゼには幸せに笑っていて欲しかった。
そして、誰かの一番じゃなくていい、一番じゃなくていいから――。

「!?」
ラベンダーの頬を伝う雫がロゼに落ちると、淡い光を宿した。
次第に光を帯びるロゼの体、傷がみるみるうちに塞がってゆく。

「こんなの知りたくなかった」
きっとこの痛みは、カンナが抱える物と同じ。

「な、に?」
薄っすらと、ロゼの目が開く。
状況を理解できていないロゼを立たせ、ラベンダーは涙を拭わずカンナを見た。
「お前の願い叶えてやる」




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