第十二話:彼の花は愛されない
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しんと静まりかえった部屋。
壊れもののヒトが3つあった。

まるで数百年の時が経ったようにさえ錯覚するけれど、本当の所はまだ一日さえ過ぎていない。
絶望という魔法は、人の感覚を全て狂わせる。

一途な男と、その男に焦がれた少女。
その少女を幸せにしたかった少年。
ただそれぞれが純粋に願っていただけなのに、その希望の枝はどれもが手折られた。

何がいけなかったのか?
何処から間違っていたのか?
それは誰にも分からない。
遠い未来に間違えたのかもしれないし、遥か昔に間違えたのかもしれない。

きっとその間違いを正すことは、少年には容易い事だろう。
幸せの形に固執しなければ、いとも簡単に彼らに笑顔を咲かせられる。
けれどそれは、コロンバインという存在の復活を切り捨てるという事。
何のために傷ついたのか、何のために惑ったのか、全てを無意味に還す選択。


それでも、それでロゼが幸せなら・・・。

経験不足のラベンダーが最期に犯す過ちの魔法。
想いが通ることは無くても、思い通りにはなるはずだと、過信が招いた小さな禁忌。

「お前の気持ち、分かりたくなかったけど、わかっちまったぜ」
「・・・?」
唐突に口を開いたラベンダーへ、ただ虚ろな視線を向ける。
「どんな手を使ってでも一緒に居たいって気持ち、今なら分かるぜ。でも、俺はカンナとは違う。ロゼが幸せなら十分だ」
「何をする気なんだ?」
「俺はどんな手を使ってでもロゼを幸せにする。その為に、お前のその感情をぶっ壊す」
ラベンダーが指を立て、クイッと動かしカンナを示す。
すると、一見何も変わっていないけれど、確実に自分の中に違和感を覚える。
困惑し笑いを零し、冷めた目で見下す少年の顔を見上げた。

「一体何をした?」
「お前の心をちょっぴり弄った。別にいいだろ? 今までロゼやロゼの前に作った奴らやモネに散々ひでえ事してきたんだから、これくらいで済ませてやったこと感謝して欲しいくらいだぜ?」
「心をって、何を言っているんだ」
得体のしれない不安と、ラベンダーの言葉に胸が痛んだ。

おかしい、今迄自分とコロンバインに関係のないモノへこんな気持ちを抱いたことはなかった。
そう、これは罪悪感。
今迄自分が他者へ行ったことへの。
襲いくる自己嫌悪。
途端に気持ちが悪くなり、頭を抱え込んだ。

「お前に不足してた良心って奴の付けたしと、あと・・・」
言いながらロゼを綺麗に蘇らせる。
ついでに壊れ血だらけの部屋も元通りに綺麗に直す。
「・・・?」
様子のおかしい二人に気付き、再び自害をしようとしたロゼの手が止まる。

縮こまるカンナの姿に、ロゼはラベンダーを睨みつけた。
「カンナ様に何をしたの!?」
ロゼの怒声に答えず、悲しみの色を帯びた笑みを浮かべる。
そのまま演技じみた笑い声をただ漏らしていると、遂にロゼはラベンダーに掴みかかった。
「くくく、かははは!」
「笑ってないで答えて!」
「かっはっはっは!! 何をしたかって?! あいつに聞けよ、お人形さん!」

わざとらしく悪意を込めた言葉に、ロゼよりも先にカンナが動いた。
二人の間に割り込み、ロゼを下がらせる。
その姿にラベンダーはニヤニヤと嫌な笑みを向けた。
「僕に何をした? さっきの言葉の続きを言え」
「おいおい命令口調かよぉ。・・・ま、そう言いたくなるのも仕方ねえだろうけどよ」
くくくっ、と笑いを堪え、暫く沈黙が続いた。
ラベンダーは二人の反応を待っていたけれど、カンナもロゼもただ彼の解答を無言で促すだけだった。
そうしてようやく、大きなため息を吐き、恭しげに口を開いた。

「簡単な事さ、カンナの感情の矛先を全部ロゼに移しただけだ」

「感情の矛先?」
「そう。カンナが抱える、コロンバインへの愛情恋情そういう好意を全部ロゼへ向けさせた」
「そんなコト出来る訳・・・」
「出来るよ! 俺は『なんでも出来る魔法使い』だからな!」
コロンバインは蘇らせられなかったけどな。と、自分で付け足して、ラベンダーは笑った。

そう、形に固執するから幸せになれないのだ。
どんな幸せでもいい。
ロゼが幸せなら。

其処に俺が居なくても。

「そんなの嘘だ! だって、僕は・・・! 僕はコロだけを愛しているのに!! 別のモノに目移りなんてしない、有りえない・・・そんな、そんな!! 嗚呼、そんなんじゃ、今まで積み重ねてきたモノの意味が・・・!」
「ピーピーうるせえ野郎だな。はあ、ロゼちゃんはこんな奴の何が良いんだか・・・。なんならコロンバインの記憶も全部綺麗さっぱり消してやろうか?」
それらしく腕を捲って見せると、「やめてくれ!」と泣きそうな顔をして叫ばれる。
「冗談だよ冗談、俺だってそこまで鬼じゃねーっつの」と、息を吐いた。

「つーわけだからロゼ、お前らは晴れて両想いだ! 良かったな! ハッピーライフ満喫しろよ!」
かつてない程に幸せそうに、ラベンダーは笑いかけた。
心に少し切なさはあったけれど、それを押し込めての満面の笑み。

ただ茫然とするロゼ。
ラベンダーの言葉に未だ否定をするカンナが鬱陶しく感じ、ラベンダーはロゼの顔を包み込んだ。

頬にそっと口づけをしようとすると、カンナがそれを引きはがす。
勢いよく剥されたので、そのまま地面に叩きつけられるようになるが、それでも少年は笑っていた。
「な、なんてことしてるんだ! 彼女は僕の――!!」
「言ったな?」
その時ようやく、カンナは己の心を自覚し、同時に、嵌められたことへ気付いた。

ゆるゆるとその場に崩れ、ブツブツと何事か呟き続ける。
そのカンナの傍にしゃがみ、心配そうにロゼは見つめていた。

二人の姿が目に焼き付き、涙が零れそうになったけれど、あと少しの辛抱だ。
「お幸せに」
言葉を残し、恋に破れた少年は部屋を後にした。


部屋に残された二人。
半放心状態のカンナの頭をそっと撫で、ロゼは尋ねた。
「カンナ様、苦しい?」
「・・・ロゼ?」
「苦しいですか?」
「・・・・・・良くわからない」
撫でていると、次第に落ち着いてきたのか、ぼんやりとしたままにロゼを見た。

カンナのこんな姿を見たかったわけではない。
ただ一途な姿が好きだった。
「ラベンダーに、全部元に戻してもらうようお願いしてきます」
少年の後を追おうとすると、手を掴まれ引き寄せられる。

「もう、いいんだ。どうせ戻った所でコロにはもう二度と会えないし・・・」
唯、己の想いが此処まで簡単に、あっけなく、変えられてしまうとは思いもしなかっただけ。
それがとても、ショックだっただけ。

「カンナ様・・・」
「もう少し、こうしていてくれないかな、ロゼ」
抱く力を強める。

ロゼは抱き返さない。
そっと、ポケットから得物を取り出し、鋭利なソレを男の胸に突き刺した。

******

ペタペタと後ろからついてくる足音には気付いていたけれど、まさかいきなり刺されるとは思っていなかった。
心臓は逃れたので、刺してきた相手と距離を取ってから魔法で傷を塞ぐ。
そこで、自分を刺した相手の姿を見て、少年は顔を顰めた。

「あなたが、あなたがいなければ! カンナ様がおかしくなることはなかったのに!」
手にはナイフ。
血塗れた身体。

少年は刺された瞬間に距離を取った故、彼女の体にあそこまで血が付くわけがない。
「ロゼ・・・なんだよ、それ」
「全部元に戻してよ!! あんなの、カンナ様じゃない!! 元のカンナ様を返して!!」
「は、はは、何言ってんだよ・・・。お前らは両想いで、それで、幸せになって・・・それが俺の考えた最善の結末なのに・・・」

何で思い通りにならない?

ロゼが少年を再び刺す。
上に跨り、何度も何度も何度も何度も―――。
徐々に意識が薄れていく。


全部間違いだったのかな?
どうして何も上手くいかない?
俺はそんなに悪い事を望んだか?
ただ、一番じゃなくてもいいから、

愛されたかっただけなのに。


此処で俺が死ねば、ロゼは満足するだろうか。
此処で俺が死ねば、もう誰も悲しまないだろうか。
それなら死んでもいいかもしれない。

全てを諦め目を閉じた途端、更に嫌な結末が頭をよぎった。

俺が消えたら、一人残されたロゼはどうなるだろうか?


「・・・!?」
痛覚を遮断し、傷を塞ぐ。
ロゼの持つナイフを霧散させ起き上がると、すぐさま飛びのき後ずさった。
「憎んでいい。いくらでもぶつけて良い」

そうして終に、呪いの様な魔法を自らにかける。

「何度でも俺を殺せばいい。俺は死なない。ロゼを独りにぼっちにはしない」
笑いかける少年に掴みかかり、そのまま首を締め上げる。
魔法で感覚を麻痺させた少年は表情を崩さず、されるがままに息の根を止められていた。
「あなたなんて大嫌い!! 死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!!」
「何度でも死ぬよ。気が済むまで殺されてやる」
苦しがらない彼に苛立ち、そのまま地面へ投げ捨てる。
受け身も取らずに地べたへ転がった少年のことなど見向きもせず、その場に座り込んだ。

「あなたは何も分かってないのよ・・・! 私は、あんなカンナ様を望んでいなかったのに!! 一途に思い続ける誠実さが好きだったのに!! どうしてあなたは人の心を簡単に、玩具みたいに変えてしまうの!? 私が好きなら、カンナ様じゃなく私を変えればよかったじゃない!!」
「玩具、みたいに?」
「そうよ・・・、人の気持ちを無理矢理変えさせるなんて拷問より酷い事だわ・・・!!」
「俺は、そんな、こと・・・。ただ、ロゼに幸せになってほしくて」
「それならカンナ様を元に戻して! 今すぐに!!」
「でも――」

カンナを元に戻しても、コロンバインは蘇らない。
コロンバインが蘇らなければ、どのみちカンナは生ける屍にしかならないだろう。
そうなれば、ロゼだって幸せにはなれない。

口籠る少年に、ロゼは深く息を吐いた。
「結局あなたは自分の事しか考えていないのよ」
「は?」

「あなたには独りぼっちがお似合いよ」
初めて少年に向けられた笑顔。
その言葉を最期に、少女は舌を噛み切った。




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